企業におけるパートナーシップ制度とファミリーシップ制度の策定について

企業における「パートナーシップ制度」と「ファミリーシップ制度」の策定について

企業単位で策定する福利厚生的な意味合いでの「パートナーシップ制度」および「ファミリーシップ制度」を起案し、施行しました。

地方の中小企業の中で企画して規程をつくり、施行に至るまでがなかなかハードルが高く、苦労も多かったため、もし制度の立案を考えている人がいた場合に参考になればと思い、記録します。

というか苦労したので記録しておきたい。

 

《注意》

2023年8月頃の記録です。

現時点でも同性婚についての裁判が行われている最中であり、この裁判の結果(判例)やその後の法改正等により対応すべき内容が変化する可能性があります。

 

どのように制度の必要性を訴えるか

ここが一番大きな課題であった。

結論を言うと、現状の福利厚生制度に公正さが欠けていることを針小棒大に語って導入に持ち込んだ

制度設計前の状態としては、

  • そもそも男性が9割の業界であり、旧態依然な文化が業界全体を覆っているので制度を企画提案しても反発を受ける可能性があった
  • 当事者やアライ*1の従業員から要望があったわけではない(私自身が当事者であるが、カミングアウトできる雰囲気は醸成されていないし、要望して反発を食らったり差別発言を受けたりするのが怖くてクローゼット*2状態である)

仮に反発を食らっても自分を含む性的マイノリティー当事者が最小限のダメージで済むようにするにはどういった理由付けが最適か、というところがネックで進められなかった。提案をきっかけに私自身のセクシャリティに関する質問をされたり、時期尚早だと言われる可能性を考えるだけで泡吹いて死ぬと思っていた。

導入に至った背景

従業員の子どもを対象とした福利厚生について、これまで事務担当者が把握しやすいという理由で「従業員の被扶養者の子」に限定して支給していたのだが、共働き家庭や現場の女性従業員もわずかながら増えてきたことで、子どもを持つ従業員でも扶養状況によって福利厚生の対象となる人とそうでない人が発生するようになってしまった。

さすがに公正さに欠けるのではないか、という話が持ち上がったのでここに便乗し、

「福利厚生制度の目的が日々現場で頑張っている従業員とその従業員を支えてくれている家族への労いや感謝であるなら、法的な家族関係でなくとも従業員を実質的に支えてくれている人については福利厚生制度の対象とするのが筋ではないか?」という疑義を呈するかたちで導入に持ち込んだ。

そもそも弊社は旧態依然としているおかげか「従業員は家族」「従業員を支えてくれている家族に感謝」といったことを役員はよく口にする。そこを逆手に取り、「ほぼ家族と言える状況にあって実質的に従業員をサポートしている人を蔑ろにするのは普段お話される内容とズレてませんか?」というアプローチを行った。

グループも会社もレインボーパレードに協賛するとかアライを表明するとかそういうことは一切していないが、差別的態度を明確にはしていないし、親会社はハラスメント研修で多様性に関する話をしているようだったのでアプローチ次第で導入は可能だろうという考えはあった。

導入提案時に留意した点

確実に制度を導入させるため、従業員・会社・福利厚生制度の手続きを担当する事務担当者のすべてにメリットがあるものだとして訴えた。

《従業員》

  • 利用できる福利厚生制度が増える

《会 社》

  • 従業員を本質的にサポートする人への感謝を伝えられる
  • 制度を通して多様性を受け入れる文化が醸成され、ハラスメント防止につながり、当事者である従業員が安心して業務に従事でき、能力を発揮しやすくなる
  • 上記の結果、帰属意識が高まり離職防止につながる

《担当者》

  • 制度立案に伴って手続きフローを見直すことで、事務手続きの煩雑さが減る

人権はメリット・デメリットの話では決してないが、性的マイノリティー心理的安全性が担保されているとは言えない状況で当事者の人権と安全を確実に守るために必要な手段としてメリットを訴えることとした。

とくに営利企業としては、

  • 多様性を認め合うことで当事者が能力を発揮しやすくなって生産性が上がる
  • ハラスメントが減って離職率の低減に繋がる

こういうメリットを添えると断りにくいはずなので反論も少なく、提案者が心理的ダメージを受ける可能性も減る。重ねて言うが、人権はメリット・デメリットの話ではない。提案者や制度設計に関わる人の心理的安全性は確保されるべきと考えたので、私が私を守るために行った手段にすぎない。

ハラスメント研修がしっかり行われていて、心理的安全性が確保されている場合は堂々と人権を語って導入するのが良いと思う。私もそうしたかった。

制度の概要

既に法的な夫婦や親子関係にある場合は、住民票の写し等で確認できれば今後は福利厚生制度の対象とすることにし、「パートナーシップ制度」と「ファミリーシップ制度」の対象は事実婚カップ同性カップルとした。

パートナーシップ制度

婚姻関係にない異性カップルの場合は、事実婚の制度を利用できるため、住民票の写しで「未届けの妻/夫」という記載を確認できれば社内制度上の「配偶者」として扱う。

事実婚を利用できない事情がある場合は事情を確認して除外要件とかに該当しなければパートナーシップを認める。

 

同性カップルの場合は、一定の書類で関係性(生計を一にしていること)が証明できれば社内制度上の「配偶者」として扱う。

 

同性カップルの関係性の証明については、異性間での法律婚の際に提出する書類をベースに検討。

 

(1) 自治体のパートナーシップ制度等を利用している場合

近年では自治体ごとにパートナーシップやファミリーシップ等の制度があるため、既にこうした制度を利用している場合は手続きを簡略化できるようにした。調べてみると、どの自治体も申請者に法律婚と同じような書類の提出を求めていることが多いようだったので、すでに自治体によって関係性が証明されているものとし、

自治体のパートナーシップ制度等の証明=婚姻届受理証明書

と見なすことにした。

自治体のパートナーシップ制度利用時の提出書類》

  • 申請書(社内様式)
  • 自治体のパートナーシップ制度等の証明
  • 双方の本人確認書類

 

(2) 自治体のパートナーシップ制度等を利用していない場合

私の居住する自治体もそうだが、パートナーシップ制度等の整備がない自治体もある。居住地によって制度の利用ができないということは避けたい。そのため、法律婚の際に役所に提出する書類を以下のように読み替えて会社に提出することで関係性を認定することとした。

婚姻届を出す際の書類を読み替えてパートナーシップ制度に流用。婚姻届は社内の申請書、戸籍謄本は独身の証明と読み替えた。(本人確認書類はそのまま)

婚姻届を出す際の書類を読み替えてパートナーシップ制度に流用

上記の読み替えによる書類に加えて、生活実態が婚姻関係に相当すること(生計を一にしていること)を証明する書類を提出することとした。具体的に言うと、同居していること、または第三者から関係を認められていることのいずれかを要求することにした。

法律婚の場合は、同居していなくても結婚が可能なため、公正さを保つために同居していない場合も申請書に第三者の署名があれば、周囲から婚姻に相当すると認められているものとみなした。簡単に言うと婚姻届の保証人欄のような役割。

制度運用は性善説で実施したいが、制度悪用説を唱える管理職がいることを懸念し、先回りして生活実態を確認するという内容を盛り込んだ。

自治体のパートナーシップ制度の利用がない場合の提出書類》

  • 申請書(社内様式)
  • 独身であることを証明する書類(戸籍謄本や独身証明書
  • 本人確認書類
  • 生活実態が婚姻関係に相当することを証明する書類(同居の場合は双方の住民票の写し、同居でない場合は申請書の保証人欄を記入)

また、パートナーが外国籍の場合は、出身国の独身証明(婚姻要件具備証明書)とその日本語訳の提出を求めることも規程内に明記した。

ファミリーシップ制度

パートナーシップ制度を申請していることを前提とし、パートナー関係(≒婚姻関係)を認めた上で間接的にパートナーの子と従業員の親子関係を認定する。

※法的な婚姻関係にある配偶者の連れ子を養子縁組にしていない場合はこの制度とは別に①配偶者との婚姻関係と②配偶者の実子であることの2点の確認ができれば諸制度の対象とすることとしている。

事実婚同性カップルの場合、法的な婚姻関係にないため出産当事者の実子として扱われ、法的にはシングルマザー状態となる。事実婚関係で遺伝子的に自分の子だとしても同様。

パートナーシップ制度とファミリーシップ制度の関係を表した図。従業員とパートナーの関係をパートナーシップ制度で認定した上でパートナーと子の親子関係が確認できれば間接的に従業員とパートナーの子も親子関係にあると見なし、社内制度上の「家族」として扱う。

パートナーシップ制度とファミリーシップ制度の関係

《ファミリーシップ制度の申請における提出書類》

  • 申請書(社内様式)
  • パートナーとその実子の親子関係がわかる書類(母子手帳の写し等)

パートナーシップが未届けの場合はパートナーシップ申請に必要な書類もあわせて提出する。

 

この制度によって利用できるようになる各種福利厚生制度等

これまで「配偶者」としていた部分について、各規程内に「配偶者にはパートナーシップ制度に基づき申請され、受理されたパートナーを含む」のような文言を追加し対応した。

  • 結婚祝/結婚休暇、忌引

パートナーシップ申請≒結婚として結婚祝を支給

休暇の取得も可。忌引の対象にパートナーとその家族も含めた。

  • 出産祝/出産休暇

パートナーシップ申請をしているパートナーが出産し、ファミリーシップの申請をした場合は出産祝を支給

※連れ子のいる人とパートナー関係になり、連れ子をファミリーシップ申請した場合は出産したわけではないので対象外

  • 子どもに関する祝金・休暇等

子どもを対象にした制度(子の結婚休暇等)についてはファミリーシップ申請した子も対象に含めることとした。

  • 香典料・弔慰金

弊社の場合は慶弔見舞金の中に香典料を定めている。

頭の片隅で考慮しておくこととしては、同性パートナーの場合、法的な婚姻関係がないため、基本的に相続権がない。また、遺言等で相続が行われても相続税配偶者控除は適用されない。(事実婚配偶者も相続権はないが後述の死亡退職金は配偶者と同等の扱いになる)

《家族死亡により従業員に支払う場合》

香典料はあくまで喪主に対して贈与されるものであり、故人の財産ではないので相続税の課税対象とはならない。また、贈与税においては社交上必要なものとして課税対象外。所得税においても常識の範囲内の金額であれば課税対象とはならない。

そのため、支給対象となる家族を以下に変更し、下記に該当する人が亡くなった場合に会社から香典料を出すこととした。

  • 配偶者・パートナー
  • 配偶者・パートナーの親
  • 子(ファミリーシップ制度上の子を含む)

弔慰金も遺族を慰める目的で遺族に対して贈られるものなので相続税は発生しない。また、贈与税所得税においても社交上必要なものという扱いで一般的に課税対象外。

《本人死亡により家族に支払う場合》

香典料は家族死亡時と同様ではあるが、故人となる従業員の地位や功績により、高額な香典料を支払う場合は所得税贈与税の対象となる可能性があるので支払い前に顧問弁護士や社労士等に確認を行った方が良い。

弔慰金も基本的に香典料と同じ扱い。ただし、企業から遺族を慰める目的で贈られるため高額になりやすいことから非課税枠を超えた部分について相続税が課税される。

弔慰金が非課税となる限度額は以下。

  • 業務上の事故などで死亡した場合 :故人の死亡時の給与の3年分相当額
  • 業務以外の事故などで死亡した場合:故人の死亡時の給与の半年分相当額

上記の金額を超えた場合は後述の「死亡退職金」として扱われ、相続税の課税対象となる。弔慰金と別でさらに死亡退職金の支給もある場合、受取人が同性パートナーだと配偶者控除の対象外となるため相続税が高額となることが考えられる。死亡退職金や弔慰金の意義が失われることがないよう、事前に受取人(遺族)および顧問弁護士等との調整が必要となりそう。

  • 死亡退職金

賃金規程上、従業員死亡時の退職金の支払先を遺族としていたが、配偶者またはパートナーシップ制度上のパートナーを第1位とし、第2位に労働基準法に定める遺族とした。(労働基準法における「遺族」の考え方では事実婚も配偶者と同等に扱われる。)

受取人に関する法的な縛りはないので会社ごとに自由に設定が可能。

 

死亡退職金は遺族に対して贈与されるものだが、「本人の死亡」という事由により贈与される財産なので「みなし相続財産」として扱われる。本人が生前から持っていた財産をもらったわけではないが、本人がその会社で働き、死亡したことで生まれた財産なので本人の財産を相続したとみなす、ということらしい。また、一般的な相続財産と違い、遺族間での分割にはならず、受取人の固有財産となる。

預貯金や不動産等は法定相続人が民法で規定されているが死亡退職金は規定されていないので、会社が受取人の範囲を指定できるということである。

時短勤務や時間外労働の制限等を含む育児休業に関する制度はファミリーシップ申請をしている子に対しても利用可能とした。

但し、育児休業給付金等は法令に従うことになるため、パートナーの子のために育児休業を取得しても従業員は無給の休業となってしまうので説明が必要。

判例や法改正で変化することを祈る。

  • 介護休業等制度

時短勤務や時間外労働の制限等を含む介護休業に関する制度はパートナーやその家族(親きょうだい等)、ファミリーシップ申請をしている子に対して利用可能。

但し、こちらも介護休業給付金等は法令に従うことになるため、無給の休業となってしまうので従業員への説明が必要。

 

以上の福利厚生制度が利用可能となるが、基本的には配偶者や子どもが対象となる制度については柔軟に対応する。

その他

《パートナーシップ・ファミリーシップの解消》

本人orパートナーorファミリーシップ申請をした子の死亡や、本人からの申請により解消が可能

あとは提出書類が偽造だった等で要件を満たしていなかった場合とかも解消要件に入れた。

《除外要件》以下の場合はパートナーシップ申請の対象から除外

  • 独身でない人(他の人と婚姻関係にある人)
  • 他の人とパートナーシップを申請済の人(解消手続き後に新たに申請はOK)
  • 双方が直系血族または三親等内の傍系血族の関係にないこと(養子縁組によるものであって、養子縁組する前の関係が直系血族または三親等内の傍系血族でなかった場合を除く。)

3つ目に関しては、民法に規定されている婚姻できない関係(兄弟とか)でないことを確認している。但し、養子縁組をする同性カップルもいるため、その場合は養子縁組前が親族関係でないことが分かればパートナーシップの対象とするというもの。

 

また、制度を規程にまとめてから顧問弁護士のリーガルチェックも受けた上で施行した。

 

運用方法

アウティング等を避けるために申請ルートを複数確保した。

  • (オープンリーな人向け)本人→所属長→本社
  • (クローゼットな人向け)本人→本社(電話/メール/郵送)

今後:HR系サービスで本人→本社への申請を簡便にしたい

現実的な運用としては、福利厚生制度の対象にパートナーやパートナーの子も対象になったことを告知し、福利厚生制度を利用する際にあわせてパートナーシップやファミリーシップの申請手続きを行う流れ。

 

規程内には、ハラスメントやアウティング対策のために以下の内容を記載

  • 手続きをする事務担当者や関係者は申請者の性的志向を含むプライバシーを厳守すること
  • 業務の都合で他部署に申請内容等を通知する必要がある場合は必ず本人の許可を得てからにすること
  • ハラスメントの禁止

参考にしたもの

キッコーマン労使によるSOGIに関する取り組み【男女平等委員会資料】』

下記ページに掲載の「資料5:キッコーマン労使によるSOGIに関する取り組み【男女平等委員会資料】」が最も参考になった。

制度設計にあたってのステップや税法上の考え方についての記載があり非常に勉強になった。

jfu.or.jp

『足立区パートナーシップ・ファミリーシップ制度』

パートナーの対象要件や、パートナーが外国籍の場合に求める書類の種類等、細かい事務手続き部分で参考になった。

www.city.adachi.tokyo.jp

その他、税金関係は弁護士事務所のホームページやコラム等を参考にした。

法改正で変わっていく可能性もあるので今回制度設計し、規程に起こしてはいるけど申請者がいた場合、都度社労士や弁護士に確認はする予定。

 

最後に

制度設計で奮闘している期間、同性婚夫婦別姓さえ法律で認められていればこんな手間はかからないのに…と何度も何度も思った。

国の立法不作為のせいで一部の人々が差別され、そのせいで個人の生産性が低下するだけでなく、そうした立法不作為により低下した生産性を一部の地方自治体や企業が手間と時間をかけて代替制度をつくって補填しているのが現状。代替制度の作成や手続きの手間など結果として企業の生産性を落とすことにも繋がっていると国には気づいてもらいたい。この制度をつくる時間で他の仕事もできたのだ。

それでもパートナーシップ制度とファミリーシップ制度は絶対に必要だと断言できる。1人も申請しないかもしれない。私だってパートナーがいても使うかはわからない。

それでも、この制度があることでほんのちょっぴり安心する人がいるかもしれない。

この制度を定めた規程の中にアウティングやハラスメントの禁止を明記したので当事者を守ることもできる。

使われることではなく、いまの日本ではパートナーシップやファミリーシップの制度が『ある』ということに大きな意味があると思っている。

 

頑張って自分の会社にも制度をつくろうと奮闘している人にこの拙い記事が届き、少しでも役に立ちますように。

*1:性的マイノリティーではないが当事者を理解し支援する立場の人

*2:カミングアウトをしていないことまたはカミングアウトをしていない人のこと