「マリー・ローランサンとモード」感想
「マリー・ローランサンとモード」
名古屋市美術館で開催していた「マリー・ローランサンとモード」展を鑑賞してきた。
夏休みに入る頃だったので前売をコンビニで買って行ったがめちゃくちゃ空いてた。
ずっとどこか作品に既視感を覚えていたのだが、レプリカか何かが祖母の家に飾ってあったのを思い出した。
ちょうど先日見に行ったミュージカル「ムーラン・ルージュ」とほぼ同じくらいの時期のフランス・パリで活動していた画家。
画家としてだけでなく、バレエ等の舞台の衣装や美術、インテリア等のデザインも手掛けている。
「ムーラン・ルージュ」が派手で真っ赤できらびやかな装飾・虚飾に女性性を切り売りしながら金を稼ぐ世界なら、
マリー・ローランサンはパステルカラーの優しい色合いやコルセットを排したゆるやかなシルエットの衣装など対象的な世界観。
とはいえいずれも「女性らしさ」とされるもの表現しているように思う。
また、同時代に同じパリで活躍した人の中にココ・シャネルがいる。成功の誇示を目的に当時の人気画家であったマリー・ローランサンに肖像画を依頼したものの仕上がりが気に入らず、突っ返してしまうという一件からか、あまり深い親交はなかったらしい。ただ、芸術分野で常に時代の最先端で活躍していた互いのことを多少は意識していただろうという感じ。
もう少しココ・シャネルとの関係や、マリー・ローランサン自身がバイセクシャル(あるいはレズビアン)だったという事実について触れながら作品を掘り下げるのかと思ったがそこはあまり触れず、マリー・ローランサンとココ・シャネルの時代と二人の提示してきた世界観を総覧するような展示だった。
展示を見に行く前にこの記事を読んでいてはじめて彼女のセクシュアリティを知った。また、セクシャルマイノリティの中でもとりわけ女性については作品を語る際にその事実を透明化されてきたことを知り、そのあたりについても今回の展示で触れられた上で作品の解説がなされることを期待していた。なので、期待したほどそうした解説がなかったことは残念。
牝馬など女性同性愛を意味するモチーフを使っているとまで書いているのに、彼女のセクシュアリティのあり方や作品や表現への影響とかの掘り下げがなく、逃げている、透明化していると感じてしまった。
以前、イラストレーターの内藤ルネの記事を見たときには彼がゲイであることを踏まえて作品やイラストレーターとしての半生が綴られていたのでやはり扱いに差があることは否めない。
ローランサンの絵は油彩画でも水彩のような淡いタッチ。グレーの背景に溶け込むような髪や、乳白色の肌に溶け込むような淡いピンクの服など。乳白色の肌の色は以前見た藤田嗣治の絵を思い起こされた。
舞台芸術にも携わっていたようだが、原案となるデザインが油彩画のタッチ同様、詳細な部分を省いて空気感を伝えるようなものだったので制作側が苦労していたらしい。
実際、作品をよく見ると目や口元など顔のパーツは細かく描かれているが、髪や服になるととても曖昧な描き方になる。以前イラストレーターの方が「イラストを見るとき、たいていは顔を一番に見るから顔さえ細かく描いてあればちゃんと描いてあるように見える」みたいなことをX(旧ツイッター)で言っていたのを思い出した。
サロンでピカソなど時代の先をいく画家と積極的に交流していたようで、キュビズムの影響をモロに受けている作品もあった。
数少ない女性画家として安定した地位を築くためにサロンに通って影響力のある画家と親交を深めたり、淡い色合いや曖昧な画風などムーラン・ルージュとは対象的だけれどもまた一つの「女性らしさ」のようなものを感じられる作風で居場所をつくったりしていたのかなと感じた。職場でやたらと「女性ならではの視点で」を求められるように、女性画家として居場所を守るには自身が表現したいと考える以上の「女性ならではの画風で」いる必要があったのかもしれない。
時代の寵児としてインテリアや舞台芸術など幅広く仕事が舞い込んできていた時期はピンクなどの「女性らしさ」から少し離れた色合いや画風にも手を出していたらしいが、後年人気に陰りが出るとみんなが知っているマリー・ローランサンの画風に回帰した作品を多く発表。世界恐慌などで不安定な時代に入り、人々が求めに応じるように以前よりも華やかな色合いとなっている。
いわゆる一発屋的なアーティストが10年20年経過してから過去のヒット作のセルフカバーやアンサーソングなどといってあやかろうとする姿が思い浮かんでしまった。
展示の最後にあった、人気を維持するために描いたというパステルカラーの華やかな絵画はマリー・ローランサンらしさそのもので私がよく知るマリー・ローランサンの絵画でもあったが、その作品が描かれた背景を知ると少しもの悲しくなった。
芸術家として自分の表現したいことを貫いてほしいと思う反面、多くの人が想起する固定観念上のマリー・ローランサンの絵画に惹かれる自分もいた。